私の思考法
良い意思決定は、ストーリーと測定のあいだから生まれます。隠れた緊張を見つけ、直感を検証し、分析を行動に変えるために私が使っている原則をまとめました。
グローバルキャンペーンのレビューでは、何度も同じ場面がありました。画面にコンセプトが映し出されると、議論は二つの問いに行き着きます。
**これは人の心に響くのか? **
** それをどう確かめるのか?**
最初の問いはストーリーに属します。人は何を大切にし、どんな葛藤に自分を重ね、それまで信じていなかったことを聞いた後に何を信じるようになるのか、という問いです。
二つ目は測定に属します。何と比べて、誰に、何が変わったのか。そしてその兆候は、意思決定の根拠にできるほど強いのかを問います。
マーケティングでは、この二つを分けがちです。クリエイティブチームはストーリーを守り、分析チームは数字を守ります。意味と根拠が生産ラインの別工程であるかのように、キャンペーンは両者を行き来します。
私はこの二つを別々に考えられたことがありません。測定のないストーリーは、起きていないことへの美しい説明になりかねません。ストーリーのない測定は、誰にも理解できない行動の精密な記録になりかねません。
私の思考は、その二つを往復する中にあります。ストーリーは曖昧さに筋道を与え、測定はそのストーリーに異議を唱えます。その緊張が意思決定を変えたとき、仕事は役に立つものになります。
ストーリーが隠れた緊張を見つける
問題が曖昧なとき、私はまずアイデアを増やそうとはあまり考えません。一見当然に思える問題の捉え方が、何を隠しているのかを探します。
複数の市場でコミュニケーション製品に携わり、同じ製品をどこでも同じように説明することはできないと学びました。事実は伝えられても、意味はそのまま届きませんでした。
ある場所で憧れを感じさせる言葉が、別の場所では縁遠く感じられることがあります。社内では明らかな利点に見えても、聞き手には関係がないこともあります。配信を増やしても解決しません。ストーリーを研ぎ澄ますことで解決する場合がありました。
私にとってストーリーは、戦略を包むキャンペーンではなく、人がある理解から別の理解へ移る過程を捉える仮のモデルです。どの事実が重要か、何が何を引き起こすか、誰が行動し、その結果になぜ注目すべきかを決めます。
Jerome Brunerの論文The Narrative Construction of Realityは、実務で経験していたことに言葉を与えてくれました。人は現実を観察事項の一覧として受け取るだけではありません。動機、順序、結果を理解できる筋書きに、出来事を組み立てます。
Karl Weickのセンスメイキングに関する研究も、組織の中で同様の点を指摘しています。曖昧な状況では、人は自分たちで構築し、修正し、共有できる説明をもとに行動します。
役に立つかどうかにかかわらず、ストーリーはすでに存在します。「顧客はシンプルさを求めている」と言うチームにもストーリーがあります。コンバージョンを軸にしたダッシュボードには、進歩とは何かというストーリーがあります。あるセグメントを別のセグメントより優先するロードマップには、価値がどこから生まれるかというストーリーがあります。
最初の仕事は、そのストーリーを問い直せるほど明確にすることです。
私は違いに注目します。隠れたストーリーが見えるからです。翻訳とローカライズは似た言葉に聞こえますが、技術的には正しい翻訳でも読者に違和感を与えると、その違いが現れます。活動と学習は同じダッシュボードに並べられますが、10件の実験を出しても以前は知らなかった何を学んだのか説明できなければ、別物だとわかります。
有用な区別は、問題の名前を変えるだけではありません。以前の捉え方が隠していた選択を明らかにします。
測定がストーリーを問い直す
よくできたストーリーの最も厄介な点は、すぐに真実だと感じられるようになることです。
整合性には説得力があります。つじつまが合うと、反証は雑音に見え始めます。
測定の価値は、ストーリーにパーセンテージを添えて飾ることではなく、抵抗することにあります。説明のどこが成り立たないのかを示すべきです。
以前は、全体でのリフトを、ストーリーが届いた証拠と見ていました。
市場別の結果を見ることで、その解釈は変わりました。成果に見えたものが、もともと最も説得しやすい層に支えられ、事業が次に必要としていた層には変化がないことがあったのです。
測定は正しかったのです。結論が広すぎました。
その区別によって、見るべきものが変わりました。キャンペーンは全体では好調でも、戦略が依存する市場、セグメント、行動を変えられていない場合があります。
リフトは報告しやすい指標でした。戦略上必要な相手に届いたかを捉えるのは難しく、それこそがより重要でした。
指標には必ず理論が含まれています。実装の中に埋もれていても同じです。完了率はジャーニーの終点を定義します。アトリビューション期間は、どの行動を原因と数えるかを決めます。平均値は、要約した分布を隠します。
ダッシュボードも、ある行動を視覚的に優先し、別の行動に気づくための負担を大きくします。
だから測定が疑わしいのではありません。測定も設計されているということです。
Donald CampbellはAssessing the Impact of Planned Social Changeで、その帰結の一つを警告しました。定量指標が意思決定で重要になると、それを最適化する圧力が高まり、本来その指標が表すはずだった過程を犠牲にすることが多くなります。
この警告は、目標値を信用しない理由としてよく引用されます。私は、目標とその周囲のストーリーの関係を点検する理由として捉えています。
この指標が私たちの言う意味を持つには、何が真実である必要があるのか。集計の中で誰が見えなくなっているのか。数字は改善しても実際の成果を弱める行動は何か。データに現れる前に、会話、観察、定性的なフィードバックから何に気づけるのか。
データの価値が最も高いのは、確信ではなく摩擦を生むときです。好まれている説明に、もっと厳しい検証を求めるべきです。
テストが橋を架ける
直感とデータが食い違うと、チームはどちらかの側に立ちがちです。経験豊富な人は文脈を守り、分析者は測定手段を守ります。会議は、誰の知り方のほうが権威を持つかを決める場になってしまいます。
私は、その食い違いをテストに変えたいと考えます。
良いテストは、ストーリーの中の仕組みから始まります。ユーザーの動機から入ることで体験を自分事と感じられ、完了率が上がるはずだと考えるなら、テストは完了率を測るべきです。
同時に、新しいステップが損ないかねない成果も守る必要があります。見込み客の適格性、継続率、信頼など、その先にあるものです。
ガードレールが重要なのは、多くのストーリーが局所的には説得力を持つからです。望む効果を説明し、その周囲のシステムを無視します。
コンバージョンの改善がリードの質を下げることがあります。獲得単価の低下が継続率の悪化を隠すこともあります。最も反応しやすい層にはよく届くメッセージが、事業が次に必要とする層には製品を理解しにくくする場合もあります。
判断基準が重要なのは別の理由です。それがなければ、テストはいつまでもデータを生み続けられます。
チームはセグメントを調べ、有意性を議論し、もう1週間を求めます。元の意見の違いは、大きくなったスプレッドシートの中に残ります。分析は増えても意思決定は変わりません。
だから、事前に知っておきたいのです。どんな結果なら確信が強まるか。何なら弱まるか。どんな不利益があれば、見かけの成功を受け入れられないか。いつ止めるか。
意味のある問いをすべて実験で解決できるわけではありません。経験ある実務責任者は、不完全な計測、小さなサンプル、遅いフィードバック、あるいは切り離せない影響のもとで日常的に判断しています。
残りはやはり判断力が担います。その部分を完全に形式化すると、また操作の対象となる指標に変わってしまうのではないかと思います。
完璧なテストができなくても、規律は残ります。信じていることと根拠を明示し、何があれば考えを変えるかを決めることです。不確実性は自信のある口調の裏に隠すのではなく、意思決定の中に置くべきです。
思考は意思決定に至る
マーケティングの測定は、それだけでは足りなくなる直前に、最も説得力を持つことがあります。
私は、どの投資が成長に関連しているかを理解するために、マーケティング・ミックス・モデルを構築してきました。出力はチャネルを順位づけ、貢献を推定し、予算の議論に共通言語を与えられます。しかし、事業が何を目指すのかは決められません。
あるチャネルは、すでに市場にある需要を捉えるため、効率的に見えることがあります。別のチャネルは、事業が次に必要とする人々の認知を生みながら、短期的には弱く見えることがあります。
目先のリターンだけで決めるなら、モデルは戦略を測る以上のことをしています。静かに戦略そのものになってしまいます。
そこから戦略の検討が始まります。目的は、現在の顧客層からより多くを得ることか、新しいカテゴリーに入ることか、製品を検討する人を変えることか、それとも次の成長を支えるメッセージを知ることか。
同じ分析が異なる選択を支えられるのは、目的によって良い根拠の条件が変わるからです。効率が制約なら、現在の配分を拡大するのが正しいかもしれません。需要を刈り取るより生み出す必要があるなら、実績の少ないチャネルへ配分を変えるのが正しいかもしれません。
どちらの選択もモデルの中にはありません。モデルはトレードオフを明らかにし、判断力がそれぞれの側に価値を与えます。
どこに投資し、何には資金を出さず、どのリスクを受け入れ、どんな根拠があれば選択を再検討するかを決められたとき、仕事は完了します。配分、対象者、メッセージ、市場の優先順位を変えられない分析は、まだ完成していません。
AIによって、この境界は見えやすくなります。実行が解釈を追い越せるからです。追うべき市場や、対価を払う価値のある成長を決める前に、チームはさらに多くのメッセージ、分析、実験をつくれます。希少な能力は、問いを組み立て、何を根拠とするかを選び、いつ結果を信頼して行動できるかを見極めることへ移っていきます。
ストーリーは意思決定に意味を与えます。測定はそれに抵抗を与えます。両方に考えを変える機会を与えた後に残るものが、判断力です。
参考文献
- Jerome Bruner, "The Narrative Construction of Reality", Critical Inquiry, 1991.
- Karl E. Weick, Sensemaking in Organizations, SAGE, 1995.
- Donald T. Campbell, "Assessing the Impact of Planned Social Change", 初出1976年。